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Value of Bar(tender) ②バックバーは雄弁に語る

  • 執筆者の写真: 中島 祐哉
    中島 祐哉
  • 8月10日
  • 読了時間: 5分


バーをバーたらしめているものは何か。それはやはりバーカウンターと、バーテンダー越しに臨むバックバーであると思う。


店の扉を開け、バックバーが広がる景色は僕らを非日常へといざなってくれる。だから、個人的にはバックバーは大きく、たくさんの酒瓶が積まれている様子が好みだ。もちろん店のキャパシティに因るところが大きいが、10本よりも30本、30本よりも100本並んでいる方が単純にワクワクするし、こうした胸のときめきはバーを訪れる上で大切なことであるように思う。


そしてバックバーにまつわる話は店ごとに大抵面白い。客が酒を選ぶきっかけとなりやすいよう、蒸留所のエリアごとに並べ案内する店や、同じブランドのボトルは3種類までと決めて並べる店もある。種類が多すぎると却って質問しづらくなってしまうのだと、ビギナーへの配慮を含めた組み立てには驚かされる。

スコットランドへ買い付けに行ったら天井まであるバックバーが一年経たず溢れてしまったとか、酒類提供が禁じられていたとき、ノンアルコールカクテルを提供しつつバックバーにKEEP OUTのテープを貼っていたという店のエピソードもある(きっとすぐ笑顔でテープを剥がす日が来ると信じて)。

それくらいバーの根幹を成す場所であることの表れだ。



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そのためか僕が何処かのバーを思い起こす時、その映像はカクテルやバーテンダーでなく、決まってバックバーの姿なのだ。バーテンダーが自分のために所狭しと並んだボトルを吟味し、然るべき飲み方(カクテルを含め)となってグラスに注がれる。この一連のサービスはバーでしか味わえない。そうだ、僕はきっとバックバーに店の懐のようなものを感じるのかもしれない。



「もし僕が新しいお店を作るとしたら、バックバーは広いほど良いし、例え置く酒がなくても広い棚を用意すると思います」


そう語る中村さんの店Bar Tarrow’sは、置く酒がないなどという例え話は想像しづらい、5段もの奥行きをもつバックバーを埋める見事な品揃えのバーだ。


「大きな棚を用意して、それがはじめスカスカでも別に構わない。むしろ一棚に5本くらいしか置かれていないのも哲学的で面白いかもしれません。それが段々と埋まってきたねと喜んでもらえる、年数をかけて店が客と一緒に成長する、そういうのもあって良いと思うんです」


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酒の種類も、自身の知識ややりたいことも、客のニーズも増え続けるもの。それに応えるバックバーにするならば、店を持った時点での想像力ではいずれ足りなくなってしまう。彼が言いたいのはそういうことだと思った。


例えば、アマレット・ディサローノ・レゼルバというお酒がある。定番で飲まれているアマレットと異なり、25年超のモルトをベースに作った限定品だが(通常のアマレット・ディサローノはホワイトスピリッツに杏子等の原料を加え生成する)、彼の言葉を借りるならそれはまさに長い年月をかけて作り出したゴッドファーザーだ。店でウイスキーとアマレットをステアして作るのでは成し得ないほどの一体感で、その味に彼も度肝を抜かれたという。


「甘くて強い寝酒みたいなお酒を、食後にゆっくり楽しみたい。もしそんなオーダーをもらった時に、僕はこのお酒が真っ先に頭に浮かぶバーテンダーでありたいと思った。当店ではこのようなお酒があります、お値段はしますがぜひ楽しんでいただきたい、とね。言い換えればそこで定番のカクテルしか思いつかないようではまだまだ勉強が足りないし、こんなお酒ありますかと問われたときに、ございませんと返すようなことは、僕はなるべくしたくないんです」


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彼のバーテンダーとしての矜持に触れるとき、ハードリカーもカクテルも、客の期待に応えるための選択肢として非常にフラットであると感じる。

僕らはともすればカクテルをオーダーすることが多く、バーテンダーの腕をカクテルの味や目新しさに求めてしまいがちだ。しかし目の前のバックバーに並ぶ1本1本の面白さを知るとき、僕らはもっとオープンで良いのだと気付かされる。こんな味が好き、今の気分はこう、そんな対話からその日飲むべき一杯を与えてくれる、懐の深さがまたバーテンダーの価値の一つだ。



400-500年続く洋酒メーカーが作り上げてきたものには結局敵わないですよ、とリスペクトを示しながら紹介してくれたカシスのリキュール。僕はそれを贅沢にカシスソーダで楽しむ。店のバックバーに並ぶまでに、きっとその酒とマスターとの間に存在したであろうドラマを少し想像しながら。

でも感想は「この酒も旨いですね」、きっとそれくらいシンプルで良いのだ。



次節:coming soon…



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取材全面協力 中村太郎 氏

神楽坂 Bar Tarrow'sのオーナーバーテンダー。銀座や白金台のバーでの修行後、2018年に独立しBar Tarrow'sをオープン。

「普通のバー」であることを謙虚に謳いながらも、経験に裏打ちされたカクテルのクオリティ、豊富なバックバーから引き出されるハードリカーの知識は圧巻であり、疑いなく神楽坂のバーシーンを牽引する店の一つ。ここでしか味わえない居心地の良さを求め、常連からバービギナーまで幅広くファンが訪れる。



Bar Tarrow's(バータロウズ)店舗情報

東京都新宿区神楽坂3-6-29MIビル3F

  • 飯田橋駅西口 徒歩4分

  • 神楽坂駅 徒歩8分

TEL:03-6457-5565

営業時間:18:00〜26:00(日曜定休)


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Writer & Photo
中島 祐哉(Yuya Nakashima)

BARのフォトライター、メディア運営。

2020年にポータルサイト「BARLD(バールド)」を設立。
普段バーを利用しない人にこそ魅力に触れてほしいと、バーやパブの美しい内観とストーリーに着目。都内を中心に自身が取材した60店舗以上を紹介し、名画のように切り取った写真と軽やかな文章で店の魅力を発信する。

© BARLD  All Rights Reserved.

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