バーテンダーは酒の世界への案内人だ。
その知識だけでなく、溢れるほどの熱意で訪れる客をウイスキーの世界へ誘う、素敵なマスターの店をレポートする。
オールドスパイスは表参道駅前の裏道にひっそりと27年たたずむ、レトロスタイルのバーだ。
店の看板にはウイスキーとロックミュージックをリーズナブルな金額で楽しめるように書いてあり、フレンドリーな雰囲気。しかし地下の入り口へ向かう階段を進むと、カラーンと鐘の音が鳴り響き、一見の客には少し緊張感が漂う。

恐る恐ると扉を開いたが、出迎えてくれたのは「いらっしゃい」という優しいマスターの声。一気に緊張感を取り払ってくれた。
こぢんまりとした店内は、カウンターとソファ席が一つだけ。カウンターには数多ものレア物ウイスキーが飾り気なく置かれている。

席に案内され、マスターから一通りの説明を受ける。シングルモルトを中心に、バーボンやビールも置かれているようだ。
筆者はバーボンハイボールがお気に入りなため、早速マスターお勧めのバーボンを伺おうと思ったところに、マスターから思わぬ提案。
「バーボンももちろん良いけど、良かったらおすすめのシングルモルトを飲んでみませんか。特にこの辺の匂いが強いやつ」
バーのスタイルによるが、詳しくないお酒について尋ねるのは、興味があっても少しハードルが高い。そのため、マスターからお店のおすすめを教えてくれるのはとてもありがたいものだ。
一人前の客として認めてもらえるようで、嬉しくなる。
ちなみにシングルモルトとは「一箇所の蒸留所で作られたモルトウイスキー」のこと。モルトは麦芽のことで、知っての通りウイスキーの原料だ。
一箇所の蒸留所で樽詰めされているため、その味わいはとにかく個性豊か。一方、複数の蒸留所のモルトウイスキーと、麦芽でなくトウモロコシを原料としたウイスキーなどをブレンドしたものを「ブレンデッドウイスキー」といい、こちらは比較的大衆的・飲みやすさを追求した銘柄が多いという。
せっかくならばお店の看板ドリンクをいただいてみたい。マスター一番のお気に入りという、ラガブーリンの16年物を、おすすめのストレートで頼んでみた。

「まずは香りからどうぞ」としっかりと手解きしてくれるマスター。
嗅いでみると、これまで経験したことのないほどの強烈なスモーキーさ。その香りの正体はピートだ。ピートとは言うなれば「泥と混じった炭」。炭が雑草や苔などの不純物を多分に含んだ、自然界の堆積物である。
スコットランドは気候の問題でブドウが育ちづらく、代わりにピートの産出量は豊か。ウイスキーを作る工程でこのピートを燻すことで、スモーキーな香りが麦芽に移るというわけだ。
ただこの匂い、スモーキーと表現する人もいれば「消毒液のあの匂い」と形容する人も少なくないのが実情。それだけにかなり飲む人を選び、、一口でリタイアする人もいるようだ。
「軽く口に含んで、舌の上で転がしてみてください」とマスターのアドバイス。
ドキドキしながら飲んでみると、、想像していたピリッとした舌触りは少しもなく、非常にまろやか。同時に豊潤なスモーキーさが口いっぱいに広がる。
想像以上のおいしさに思わず笑みが溢れてしまう。それを見てマスターもほっと一息してくれたようだ。
「スモーキーなシングルモルトを楽しむ素質がありますよ、苦手な人は本当にダメなので。」
香りが苦手な方にはマッカランなど、より飲みやすいシングルモルトも豊富に用意されている。
スモーキーな銘柄は少し勇気がいるとは思うが、お酒好きならば一度は試してみていただきたい。香りだけでつまみを行けてしまいそうな濃厚な味わいは、きっとクセになるだろう。
ちびちびとウイスキーをいただきながら、マスターとの会話が弾む。
スコッチの大ファンだというマスター。大手ダイニングチェーンの支配人を勤めていた頃から長年培ってきた知識は確かなもので、スコッチの歴史から製法、日本に入るようになってきてからの変遷、、とスラスラ話してくれる。
その会話を彩るのがオーナーこだわりの選曲で届けられるロックミュージック。筆者の年齢を想像してくれたのか、「イーグルスなんて知ってるかな?」と少し気を遣うように尋ねてくれたのだが、筆者はこれでも音楽フリーク。喜んで頷くと、アコースティックバージョンの「ホテルカリフォルニア」を流してくれた。
音楽は共通言語になるのが魅力と話すマスター。
基本的には一人でゆっくりと楽しめるアットホームなバーだが、「この曲懐かしいね」と誰かが呟けば知らない人同士でも思わず会話が弾んでしまう。現代においてあまり見られることのなくなったコミュニケーションを提供してくれるのも、こうしたバーの役割なのかもしれない。

少しだけボリュームを上げて、体を揺らしながらシングルモルトを味わうのが最高に心地よい。音楽とお酒の魅力が重なり合う瞬間だ。
シングルモルトをたくさんの人に味わって欲しいという想いに加え、マスターが大切にしているのは「好奇心を忘れないように」という自らの人生観だ。
例えば、レストランでも十分美味しいお酒が楽しめるようになった今日、わざわざ見知らぬ小さなバーへ行こうとする人は決して多くない。
また、バーへ足を運んだとしても、筆者が最初にバーボンを頼みかけたように、見慣れないドリンクを飲む機会はなかなか訪れにくいものだ。
情報社会で何を手を取るにも「大きな失敗」をしづらくなった現代は、裏を返せば無難な選択によって「思いがけない発見」をする機会も減ってしまった。
しかし、少しの好奇心で手を伸ばせば、お酒のエキスパートから手解きを受け、こうしてシングルモルトをはじめとした様々なお酒の魅力を知ることができる。
オールドスパイスが提供したいのは、そのような体験だという。

自分はマイノリティーが好きで、時代錯誤のシーラカンスみたいなやつだよ、と笑いながら話していたマスター。
素敵な店は、マスターの想いが具現化している。長年変わることなく、そのドアを開ける人々を優しい声で出迎えてくれる。
Old Spice(オールドスパイス)

東京都港区北青山3-6-26 竹田ビルB1F
TEL 03-5466-9552
アクセス
東京メトロ表参道駅 徒歩1分
営業時間
19:30~25:00
定休日
日曜・祝日
私はこのオールドスパイスに10年以上通う常連客です。
私もこの店でシングルモルトウイスキーを教えてもらいました。
以前はフルーティな香りのものを好んで飲んでいましたが、
最近ではスモーキーなものもいただいています。