ウイスキーの聖地、スコットランド。
現地に魅入られたオーナーが手がけるブリティッシュパブが、今度は訪れる客たちを魅了する浅草の新しいアイコンとなっている。その卓越した世界観を味わいに行こう。
浅草駅より徒歩数分、雷門通りの賑わいが落ち着きだす田原町駅前は、近隣住民の生活感が感じられる下町エリアだ。
レトロな飲食店が立ち並ぶ中、一際美しいロイヤルブルーのファサードの路面店が目に留まる。
ここTHE AULD(オールド)は2021年10月にオープンしたブリティッシュパブだ。
ガラス張りの外装は洒落たカフェレストランのような様相。ただ看板にはしっかりと「ON TAP」の文字が。酒好きにはたまらない響きだ。
入店すると、テーブル席を抜けた先にL字カウンターがつづく構造。カウンターにて男性客が1人マスターと語らっていた。
この奥まったカウンターが特別感を高める。ファサードと合わせたブルーのカウンターチェアをシンボルに、天井まで設置されたウイスキーの煌びやかさがたまらない。ウイスキーに詳しくなくとも見惚れてしまう。
メニューを眺めると、冒頭はドラフトビールとアップルサイダー(シードル)が合わせて5種類、味わいを含め詳しく説明されている。ウイスキーのページが続き、スコッチからジャパニーズまで一通り記載があるものの…バックバーの豊富さから到底メニューには書ききれていないことを察する。そのほか、カクテルやコーヒーも提供しているようだ。
オフの日の昼下がりには、芳醇なビールでスロウ・ライフを満喫したくなる。デンマークのミッケラー・サイドアイズペールエールをお願いした。
注ぐ際の丁寧な所作。注ぎ方一つでマスターのビールへの造詣を感じ取れる。店名を大きく載せたオリジナルコースターに、鮮やかなオレンジが際立つグラスをサーブしてくれた。
ペールエールに期待する通りの程良い苦味と、しっかりとモルト感のある香り。筆者はクラフトビールをちびちびと頂くのが好みだが、そのニーズにもしっかりと沿う一杯だ。
ブリティッシュパブということでやはり気になるのはパブフード。カウンターの黒板にフィッシュアンドチップスをはじめ心惹かれるメニューが書かれており、頼まずにはいられない。
一口大にカットしたものではなく、本場同様に大きな身を丸ごと揚げたフィッシュアンドチップス。1ピースから提供しているというのも納得のサイズ感だ。定番のタルタルソースに加え、緑色の付け合わせはグリンピースを潰したマッシーピーというもの。イギリスでは定番の料理だそうだ。
丁寧にナイフで切り分けながら、ペールエールとのマリアージュを楽しむ。真鱈のフワフワとした食感に、しっとりと流れ込むビール。なんと贅沢な休日だろうか…などと笑みを浮かべていると、ありがたいことに常連の方が声をかけてくれた。マスターとはもう長い付き合いのようだ。
オーナー兼マスターの大高氏は、バーテンダーの経験からスコッチウイスキーへの関心が高まった。その情熱は厚く、自らスコットランドを訪れ魅せられて以来、東京で現地のパブのような気兼ねなく入れるお店を開きたいという想いを持っていたという。
かくして念願のオープンを迎えたここオールド。日本には決して多くない「ブリティッシュパブ」という業態でありながら、大高氏が現地で得た空気感を内装業者と入念にすり合わせ、満足の行く店舗が完成した。ロイヤルブルーの外装も、実はスコットランドの首都エジンバラにある「The Bow Bar」という老舗をモチーフとしたものだ。
昨年10月とまだ若い店にも関わらず、口コミから魅力は伝播され、イギリスやスコットランドに関心の高い客を呼び寄せるほどに。「本当にイギリスにいるようだ」という感想をこぼす客も多く、大高氏にとっては最大級の褒め言葉。それほどまでに、真摯なスコットランド愛が具現化されたお店なのだ。
フィッシュアンドチップスを食べ始めるとビールの進みも早い。早々に良い気分に浸りながら、次はウイスキーかなと天井まで飾られたバックバーを眺める。
初訪ということもあり、マスター自ら多く話しかけてくる雰囲気ではない。しかし長年この職業をされてきているのだろう、こちらの目線や動きにはとても敏感だ。「よろしければご案内しましょうか」と、ウイスキーにそれほど詳しくない筆者に丁寧に応対してくれる。
「せっかくなので、スコッチでおすすめのものを」とお願いした後、「あ、そんなに高いやつじゃなくていいので」と慌てて付け加える筆者。そんな不慣れさにも微笑みながらこう答えてくれた。
「バックバーに飾られているものの大半は1000円程度なので、大丈夫ですよ。意外とこちらの方が高級品だったりするのですが…」と指差しするのはカウンター席に並べられているボトルたち。たしかに珍しい銘柄が多いようだ。
「こんな近くに高級品を置くなんて、ずるいよねえ」と笑いながら声をかけてくれる常連の方。そんなやりとりもまた微笑ましく、マスターへの信頼感が伝わってくる。
バランスの良さと飲みやすさが評判の、ベン・ネヴィスの10年をいただいた。
すでに充分な品揃えに思えるが、大高氏によれば「とりあえず定番どころは揃ったかな」という感覚だそう。120以上もあるスコットランドの蒸留所各所から代表的なウイスキーを揃えるのが当面の目標とのことで、オールドを訪れればスコッチの探求に飽きる日はなさそうだ。
パブらしく、店内はウイスキーブランドのポスターやポットスチルと呼ばれる蒸留器の写真がふんだんに飾られている。その中で気になったのが「ネコ」に関するグッズたち。店内に大きく描かれるパブサインも猫がモチーフとなっている。よほど猫がお好きなのだろうと考えていたら、想像以上に興味深い返事が返ってきた。
スコットランド地方の蒸留所では、ネズミなどの害獣から大麦を守る目的で、ウイスキーキャットと呼ばれる猫を飼う文化が存在する。現存する蒸溜所の中でスコットランド最古の「グレンタレット蒸留所」。そこで飼われていたウイスキーキャットの名を「タウザー」と言い、その24年の生涯でなんと28899匹ものネズミを捕まえたというのだ。
大高氏が店名を「オールド」としたのはその蒸留所の「最古」というキーワードに由来し、タウザーをパブサインのメインモチーフとすることで、テーマの一貫性とともに現地文化を知るきっかけ作りとしている。もちろん、タウザーのネズミ捕獲数は「ギネス」記録として認定されており、全てお店のコンセプトと繋がるのが面白い。
スペルが「AULD」であるのもやはりスコットランド由来であり、これは現地の方言とのことだ。日本でも親しみ深い「蛍の光」の原曲は実はスコットランドの民謡であり、タイトルを「AULD LANG SYNE(オールド・ラング・サイン)」という。日本ではお別れのテーマとして使われるメロディーだが、原曲は旧友との再会を祝う歌詞であり披露宴や誕生日などで歌われている。
シンプルと感じられたこの店名に多くの由来や思いが込められており、知れるとより愛着が湧いてくるものだ。
訪れる客の誰もが頼むのが「ギネスビール」。やっぱ締めはギネス飲もうかな、と皆嬉しそうな表情を浮かべるのが印象的だ。ウイスキーの後にスタウトで締めるというのもまた通な楽しみ方。そんな常連たちも太鼓判を推すオールドのギネスは、専用の窒素器を導入することで驚くほどのクリーミーさを楽しめるという。
それは是非とも味わわなければと目を輝かせすぎたかもしれない。大変恐れ多いことに、ぜひ飲んでいってくださいと常連の方が一杯ご馳走してくれた。
ドラフト・ギネスは最初グラスの9割を注ぐ。注ぎ立ての瞬間は泡がグラス全体に広がり淡い茶色の液体なのだが、徐々に泡が昇り、約90秒待つと宝石のような漆黒に姿を変える。そしてもう一度、ゆっくりと蓋をするようにグラスの上まで注ぐと極上のギネスの完成だ。
その滑らかな口当たりは、濃密な泡と雑味のないスタウトの甘みが作り出す至極のハーモニー。若き頃にパブで初めてギネスを飲んだ時の衝撃が、何倍にも増してリフレインするようだ。
オープンから1年に満たないとは思えないほど、成熟した魅力を放つ同店だが、コロナ禍の開業ということもありこれから益々のアップデートを予定しているという。
アップルサイダー(シードル)や海外ビールの拡充をはじめ、パブフードでは酒のつまみとしても楽しめるスコティッシュ・ブレックファストやスープを取り入れ、より現地のパブを再現していくそうだ。
筆者のように店構えの煌びやかさに憧れ、食事や酒から現地の文化を知る。一見すれば多くの飲食店が担う役割のようにも思えるが、やはり心を動かすほどの体験は店側の熱意なくして訪れない。大高氏が目指す一貫性のある姿は、ブリティッシュパブを営む経営者としての責任感の強さとも感じられた。
「もう、スコットランドへ行ってほしいんですよね。行って感じてもらいたいな」と笑いながら話す大高氏。
彼が作り出す「THE AULD」という世界は、誰にとっても代え難いスコットランドの原体験となるに違いない。
THE AULD(オールド)
東京都台東区西浅草1-7-3志津野ビル1F
TEL 03-5830-7100
アクセス
銀座線田原町駅徒歩2分、浅草駅徒歩8分
営業時間
11:30〜24:00LAST IN
定休日
火曜
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