top of page
執筆者の写真中島 祐哉

パブ・カルチャーの演奏隊/The Royal Scotsman




夏の終わりの頃、16時過ぎの神楽坂下は、カフェ巡りや早めの宴席を楽しむ客たちで賑わっていた。

一気に登り切ると軽く息が上がるほどの急な坂道。まだ残る日差しの強さに辟易しながらも、この日は喉の渇きすらも心を躍らせるエッセンスとなる。


そう、坂道の上にはスコティッシュパブ、ロイヤルスコッツマンが待っているのだ。



一人で訪れるのは初めてであったこの日、カウンター席で注ぎたての生ビールを味わうことに決めていた。首尾よく1席カウンターが空いており、常連さんに混ざって座らせていただく。

店の看板ドラフト、ブリュードッグ・パンクIPAをオーダーした。ゆっくりと楽しみたいので、ハーフサイズからスタートだ。


IPAはボディがしっかりとし、苦味も強いビール。しかし質の良いドラフトはそれを上回るキレと口当たりの良さがあり非常に飲みやすい。同銘柄の缶ビールよりも圧倒的にフレッシュだ。


店内を見渡すと、テーブルやスタンディング席はすでに満員御礼だ。3、4人でテーブルを囲み食事を楽しむ人たち、ひとりスタンディングでハイボールを飲む人など、楽しみ方はまさに十人十色。パブらしい様相となっている。


一方筆者が腰を下ろしたカウンター席は、近隣のパブ事情の話題に花を咲かせていた。


パブフリークの常連たちの中でも、スコッツマンは料理の評判が抜群に良い。それもそのはず、スコッツマンのオーナー小貫氏は本場の一流フレンチで修行していた経験をもつ。定番のパブフードからビストロ料理まで、素材からこだわり抜いた逸品で客たちの胃袋をガッチリ掴んでいるというわけだ。


定番のフィッシュアンドチップスも捨て難いが、今日は以前から気になっていた料理を試してみたい。スコットランドの郷土料理「ハギス」だ。

ひき肉のような見た目のハギスは、「羊の内臓を胃袋に詰めて茹でる」という字面だけでもインパクトのある料理。内臓のクセを調和する目的でピート香るスコッチウイスキー(これもまた人を選ぶウイスキーだ)を振りかけていただくそうなのだが、想像するだけでも賛否両論となるのが頷ける料理だ。


おそるおそると口に運ぶと…前評判からは意外なほどに食べやすい味わい。羊肉の程よいクセがビールとよく合い、一口、また一口と進んでいく。話によれば、臭みの原因となる胃袋に詰める調理工程を変更することで、日本人にも好まれやすい味に仕上げているという。これはファンが多いのも納得だ。


「そのラフロイグ(添えてあるスコッチウイスキーの名)、振りかけずに飲んじゃう人もいます」とのスタッフの説明に合いの手をあげるのは常連のメンバーたち。初めて頼んだ時は突き出しかと思って飲んじゃったよ、とカウンターに笑いがこぼれる。

スタッフが会話をパスするように、初めて会うカウンター席の面々が一つの話題で盛り上がる。初めて訪れた客でも楽しめるポイントだ。


隣の方はギネスビールのパイント(Lサイズ)をおかわり。「何杯目ですか?」「5杯目(!)」というやりとりに驚きつつも、パイントでサーブされるギネスの美しさはやはり堪らない。触発され、自分もオーダーしてしまった。


 

ここで少しスコッツマンの成り立ちについても触れておきたい。


前述したようにオーナーの小貫氏はフレンチレストラン出身。誰もが知る有名シェフのもとで修行を積んだ腕利きの料理人だ。フレンチシェフからパブの経営者への転身というのは中々想像しづらいが、そのターニングポイントは思わぬ形で訪れる。パリで修行していた頃に訪れたフランス北部地域ノルマンディーにて、バグパイプの演奏隊と出会ったのだ。バグパイプはスコットランドの伝統楽器であり、その力強い音色はケルト音楽などで聴き馴染みのある方もいるだろう。


バグパイプの魅力に取り憑かれた小貫氏は、それまでの優秀たる実績も顧みずビストロを辞めてしまう。そのままバグパイプのレッスンに通い始めるのだが、毎回のレッスン後に先生と欠かさず訪れたのが「パブ」だった。

初対面であることも、外国人であることも関係なく、そこにいる全員が友達のように接するフラットで温かい空間。それまでフレンチ一筋であった小貫氏にとってその衝撃は大きく、パブの虜となっていった。

小貫氏がもつ料理人としての腕前、そしてパブへの情熱を、彼がフレンチと出会った地である神楽坂にオープンさせたのが2011年のこと。本格派のガストロパブという評判はもとより、その画期的な店舗構造からバー・パブ業界の草分け的存在としても名を轟かせる。ドラフトビール用の冷蔵庫をカウンター下に入れタップにつなぐスタイルは今では多くの店が取り入れているが、実は小貫氏が冷蔵庫メーカーに特注したことが始まり。クオリティのために既存のフレームを外していくというのが、行動力優れる彼のキャラクターをよく表す逸話だ。



 

「パブは英国紳士の社交場」と言われる一方で、日本で現地のようなオープン・コミュニケーションを体験するのはそう容易ではない。ロイヤルスコッツマンがそれを実現できているのは、スタッフや客たちの懐の深さに加え、店舗デザインの段階でしっかりと設計されていることが大きい。目が行き届く手頃なテナントサイズ、スタンディング席を中心に円形にレイアウトされた座席により、店全体の一体感を生み出す構造になっているのだ。

本場のお祭りに合わせて1月に行われる「バーンズ・ナイト」というイベントでは、先ほども登場したハギスが祝祭の料理としてフィーチャーされ、スコッツマンのボルテージは最高潮となる。スコットランドの文化を体感できる、スコッツマンならではの貴重なイベントだ。


小貫氏が目指す、パブでは誰もが友達になれるというコンセプト。それを裏付けるかのように、神楽坂の裏路地にあるこの店は、今日も芳しい料理の香りと、客たちの笑い声がこぼれてくる。


 

ザ・ロイヤルスコッツマン


東京都新宿区神楽坂3-6-28土屋ビル1F

TEL 03-6280-8852

アクセス

 飯田橋西口 徒歩5分

 神楽坂駅1a出口 徒歩7分

営業時間

 火~金 17:00~23:00

 土 15:00~23:00

 日・祝 15:00~22:00

 ※フード60分前、ドリンク45分前L.O.

定休日

 月曜定休





Comments


bottom of page